大阪天満宮に行ってきたレビューをまとめました。
学問の神で親しまれる菅原道真(すがわら の みちざね)が
主祭神となっている有名な神社。
大阪市民から「天満の天神さん」と呼ばれ親しまれている。
訪れた時は日本人だけでなく、外国人の観光客を多くみかけました。
当記事がご参考になれば幸いです。
大阪天満宮
大阪市北区天神橋にある神社。
別名は「天満天神」「浪華菅廟」「中島天満宮」。
毎年7月24日から25日にかけて行われる天神祭は
日本三大祭、大阪三大夏祭りの一つとなっている。
主祭神は、菅原道真(すがわら の みちざね)。
菅原道真は、日本の平安時代の貴族・学者・漢詩人です。
平安時代は平安京が有名なように、現在の京都が都でした。
菅原道真は、右大臣(うだいじん)という位の高い地位まで上りつめました。
しかし、当時の左大臣(さだいじん)である藤原時平に陥れられ、
大宰府に左遷されてしまいます。
大宰府は、現在の福岡県太宰府市・筑紫野市にあたりです。
現代風に言えば、都落ちです。
ちなみに、左大臣は実務上の最高位として機能することが多く、右大臣はその補佐役。
立場の強い左大臣・藤原時平に左遷されてしまった理由には、
現在でもよく見られる政治的権力闘争があったようです。
菅原道真は、左遷先の大宰府で亡くなりました。
死後、菅原道真を「天神様」として畏怖・祈願の対象とする
神道の信仰がはじまり、これは「天神信仰」と呼ばれています。
ここからは、元々、この地にあった神社が大阪天満宮と
呼ばれるまでの経緯になります。
現在の大阪天満宮のはじまりは西暦650年になります。
大将軍社として創建されたのがはじまり。
大将軍社は、方位神(ほういじん)である大将軍神を祀っている神社のこと。
方位神(ほういじん)とは、九星術から生じた神々。
その神のいる方位に対して事を起こすと
吉凶の作用をもたらすと考えられていました。
平安時代には、自分が行こうとする方角が凶方位である場合に、
一旦他の方角へ行ってから目的地へ向かう方違え(かたたがえ)が
盛んに行われたそうです。
菅原道真は、大宰府に左遷された際、当時の大将軍社(現:大阪天満宮)を
参詣し、旅の安全を祈願しました。当に方違えの考え方です。
道真の死から50年後の西暦949年、大将軍社の前に一夜にして
七本の松が生え、夜毎にその梢(こずえ)を光らせた。
霊光を放ったという奇譚(きたん)が都に伝わりました。
梢(こずえ)とは木の枝の先のこと。
奇譚(きたん)は不思議な言い伝えのこと。
それを聞いた当時の村上天皇の勅命(直接発する命令)によって、
この地に主祭神を菅原道真として祀った天満宮が建立されることとなった。
所在地
大阪市北区天神橋2丁目1番8号、に神社があります。
最寄り駅は大阪メトロ 谷町線もしくは堺筋線「南森町駅」。
JR東西線「大阪天満宮駅」も近いです。
電車を利用して駅からの来訪が一般的です。
ご祈願の実施時間帯は9:00~17:00。(最終受付16時30分。)
ちなみに、ご祈願には初穂料という料金がかかります。
詳細は大阪天満宮の公式サイトがあるので、そちらをご確認ください。
大阪天満宮に行ってきた
2026年9月に行ってきた時のレビューです。
神社の写真をまとめました。











最後に
旅行・観光でいろんなところに行ってみると、新たな発見がある。
今回は自分が行ってみた率直な感想をまとめてみました。
今後も気になることがあったら記事にしていきます。
最後まで読んでいただきありがとうございました。(・ω・)_ _)ペコリ。

